岡山地方裁判所 昭和27年(ワ)346号 判決
原告 吉村春太
被告 国
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告は被告は原告に対し金六万四千四百八十八円及之に対する昭和二十六年七月三日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
(一) 原告は昭和二十六年七月二日岡山地方裁判所に対し同庁昭和二十五年(ワ)第四〇〇号約束手形金請求事件の執行力ある判決正本に基き債務者訴外房延亀一所有の岡山市上内田町五十九番の一、宅地二十四坪五八、岡山市上内田町六十番の一、宅地十九坪〇九に対し強制競売の申立をした。
(二) 同裁判所は右申立事件(同庁昭和二十六年(ヌ)第一七号)につき同日強制競売開始決定をした。
(三) 不動産の強制競売開始決定を為した場合は民事訴訟法第六百五十一条第一項の解釈上決定と同時に又は之に接着する瞬間に於て登記官吏に右競売の申立ありたることの登記嘱託が為されて居るべきであるに拘らず同裁判所は右嘱託を遅延し開始決定の翌々日である同年七月四日漸く右登記の嘱託をした、然かもその宛先は前記法条の趣旨よりして登記官吏に対し為すべきであるのに岡山地方法務局とした。
(四) 然るにその間同月三日訴外房延亀一は右不動産を第三者に移転同日受付第七千五号によりその旨の登記が完了した為登記嘱託書に記載した登記義務者の表示と登記簿の所有者の表示が符合しない理由を以て登記嘱託は却下せられ右理由に基き同年七月十八日岡山地方裁判所は前記強制競売開始決定を取消し、競売の申立を却下する旨の決定を為し、結局原告の為した競売申立は不能に帰し之が為原告は下記の如き損害を蒙つたのである。
(五) 右は全く岡山地方裁判所の係官が其の職務を行うについて法令の遵守を過怠しよつて原告に加えた損害であるから被告国は原告に対し之を賠償すべき義務あるものである。
(六) 右係官の過失により原告は債務者訴外房延亀一の唯一の財産たる前記不動産による債権取立の方途を失い、同訴外人に対する金六万円及之に対する昭和二十五年九月二十日より昭和二十六年七月二日まで年六分の割合による利息金三千八円の得べかりし利益を喪失し、且別表<省略>の如く強制競売申立費用抗告費用等の出捐を為し、総計金六万四千四百八十八円の損害を蒙つた。
仍て被告に対し右金六万四千四百八十八円及之に対する昭和二十六年七月三日より完済に至るまで民事法定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める為本訴請求に及ぶと述べた。<立証省略>
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め答弁として、
原告請求原因事実中
(一)、(二)の事実は認める。
(三)の事実中登記嘱託が原告主張の日に為されたこと、宛名が原告主張の通りであつたことは認めるが其の余の点は否認する。
(四)の事実中原告に損害のあつた事実は不知、其の余の点は認める。
(五)の事実は否認する。
(六)の事実中原告の訴外人に対する債権並に利息の額及別表記載の各費目とその費用額が夫々その記載の通りであることは認める。
本件に於て原告が蒙つたと主張する損害と岡山地方裁判所係官の登記の嘱託の遅速とは因果関係なきものである。
岡山地方法務局において、岡山地方裁判所の送付した本件強制競売申立の登記嘱託書を受理したのは昭和二十六年七月四日であるが同法務局においては、右受理に先立ち、同月三日原告主張の所有権移転登記申請書を受理したものである。而して右移転登記申請書は同法務局における同日の不動産登記受付総件数三十五件中(登記番号第七千二号から第七千三十六号まで)第四番目に(登記番号第七千五号)受理したものである。従つて前記嘱託登記が右移転登記に優先するには、同月二日以前、もしくは同月三日早々までに右嘱託書が同法務局に到達しなければならなかつたわけである。ところが岡山地方裁判所に於て、右嘱託書を作成したのは右七月二日執務時間(午後五時)終了後であつたものであるから、同裁判所担当職員において、右七月二日執務時間後から翌三日早朝までの間に、右嘱託書の送付手続を了しない限り右嘱託による登記は前記移転登記に遅れざるを得ないものであつたのであつて、右時間内にこれが送付手続をしなかつたことを以て担当職員が手続を遅滞したものというに当らないことは明白である。
叙上の次第であるから本件登記嘱託の遅速と原告の蒙つたとする損害との間に因果関係あることを前提とする原告の本訴請求は此の点に於て既に失当であるから棄却せらるべきである。
と述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が昭和二十六年七月二日岡山地方裁判所に対し、同庁昭和二十五年(ワ)第四〇〇号約束手形金請求事件の執行力ある判決正本に基き債務者訴外房延亀一所有の岡山市上内田町五十九番の一、宅地二十四坪五八外一筆の不動産に対し強制競売の申立を為し同裁判所が同日強制競売開始決定を為したるも右申立のあつたことの登記嘱託が管轄岡山地方法務局に受理登記されない間に同月三日右不動産が右訴外人より第三者に所有権移転登記が受理され之が為競売申立の登記嘱託が却下され之を理由に岡山地方裁判所が同月十八日前記競売開始決定を取消し、競売の申立を却下する旨の決定を為し結局原告の競売申立が不能に帰したことは本件当事者間に争なきところである。
よつて右競売申立の不能に帰した原因が岡山地方裁判所係官の登記嘱託の遅延によるものであるか否かについて検討するに成立に争のない乙第一号証の一、二に証人岡能武雄、同田中杢二、同妹尾一雄各訊問の結果を綜合すれば、原告の競売申立に対し担当裁判官の強制競売開始決定のあつたのは昭和二十六年七月二日午後五時に近い退庁時刻直前であつたこと、岡山地方裁判所の岡山地方法務局への書類送付の方法は午前十一時頃及午後四時頃の二回に夫々同時刻迄に整理完了した書類を取まとめて廷吏により送付するを慣例として居り、本件に於ける登記嘱託書も他に特別の事情のない限り慣例上翌七月三日午前十一時頃岡山地方法務局に到達される筈のものであつたこと、訴外房延亀一から第三者への本件不動産の所有権移転登記申請は、七月三日の早々午前九時頃に為され当日岡山地方法務局の受付件数三十五件中第四番目に受理されているが、先順位三件の受理事件は孰れも同一関聯のもので事実は法務局の事務開始と同時に申請されたものと認められ、結局岡山地方裁判所の通例の処理方法によつては右訴外人の所有権移転登記以前に競売申立の登記嘱託を為し訴外人の移転登記申請を防止することは出来なかつた事実が認められ他に右認定を左右するに足る証拠はない。
原告は登記嘱託を命じた民事訴訟法第六百五十一条の規定の趣旨は競売開始決定と同時に又は之に接着する瞬間に於て登記官吏に登記の嘱託が為されていることを要するものであると主張するけれども右の解釈は原告独自の見解であつて前記認定の如く午後四時以後同日の送付の便がない場合翌朝午前の便と共に送付する手続は何等前記法条に違反する違法の処置とは為し得ない。
従つて前記認定のように債務者訴外房延亀一の不動産が七月三日早々に第三者に所有権移転が為された以上原告に於て特にその危険を察知して他に適当の手段を講ずる以外は競売手続の不能に帰することを避ける途はなかつたのであり、右不能に帰したことの原因を裁判所係官の登記嘱託手続の遅延にありとの原告の主張は肯認し得ない。
然らば爾余の争点について判断を加えるまでもなく原告の本訴請求は既に此の点に於て失当であるから之を棄却すべきものとし民事訴訟法第八十九条を適用し主文のように判決する。
(裁判官 原田博司)